撮影していただきました方、先生が世で先生の作品のとぎにおいて双璧のうちのお一方であると讃えている方なのです。
なんともありがたいことに弊社砥石で
白鷹先生の作品を研いでいただいた写真いただきました!!!
曰く「すべて和鉄で鍛造した品物です。
見事な地艶が出てきて、和鉄の怪しげや模様が浮き出てきました。今までボケていた模様がくっきりと浮かびあがり感動しました。
ますます砥石の奥深さを感じました。
一人でも多くの人 に人造砥石にない、自然石の砥石の魅力を知って頂けるよう 期待します。」
とのこと。
あいさ・いよ・天井内曇のさゞれを適当におおくりしたものです。が銘砥として研ぎてにも満足していただき、大先生の作品もいっそう輝きを放つとなるのであるならば、ものづくり冥利に尽きます。ありがたや~。仕事師としてこれ以上の上はないでしょう。
今月のPresentは奮発しちゃるけんね!
切出しは昭和56年ごろの作品です。ナイフは昭和50年ごろアメリカのナイフショーに出品したごろの作品です、ヤリガンナは竹中大工道具館に納品したごろの作品で一般と首の所が段おちしていて今の作品と若干違います。
和鉄とは、わが国古来の製鉄法でこしらえた鉄を回収して地金としたもの。明治には姿を消した製鉄法で、非常に貴重な鉄なのです。折り返し鍛錬あとが模様になって出ます。・刀の鉄よりもずっとカーボンが下がっていてやわらかく、地金に転用できます。
カーボンが下がった和鉄は、輪をかけて非常に入手が困難です。
古建築現場では、相当でっかい和釘以外はだめです。先が浸炭してハイカーボンだし、小出しの材なんで、模様もへちまもありません。
はねぎつり金物でやっといけるかな?程度です。
しかしながら、はねぎつり金物(お乳つりかなもの)は、近世にかかり建築は彫刻や造作に予算と手間を投じることとなりました。
その対価として目に見えないところこそ大切な建築の命を担う軒裏のはねぎの処遇は、お安くお手軽にが浸透していく時代の幕開けとなりました。
お乳金物はヒエンをキオイおお入れ仕事で材の石すうをへす目的で発明された、いわゆる負の遺産でもあり、こういう建物の多くは明治期以降に軒やり直しになる確率が非常に高くて、このときにお乳が、現在の高炉量産鉄に変えられていることがとても多く、おちちで輪鉄を取れる可能性が非常に薄くなってしまいます。
なんでお乳かというと、はねぎごとたるきしたばに貫通させた金物の先端がお乳の形であるからです。
お安くの目論見のもとの建物の多くはお乳があるので、お参りでもしたときに軒を仰いでみてください。
現代では、おちちに寸切りをつけてボルト締めです。
ではどこぞから和鉄を取るのかというと、山門とかのひじつぼや土蔵の格子くらいしか有力なものが得られません。
多くは、文化財関連と競合して没収になりますから、ホント金並みに貴重な鉄になります。
刀鍛冶もこれに浸炭させて再び鋼として作刀に用ることが出来れば最高のものであると知っているので、鍛冶がつくもの全てに指名手配の超レアメタルとなります。
私の能書きはこの程度としまして、よく諺で言う
「能ある(白)鷹は爪隠す」とあります。まさにそのとおりで、古希を超え齢75。
いつまでお隠しになられているのかしら?とやきもきしているのは私だけではありますまい。


古代釘時代ごとにGO


初代
興光さまの作品

なんで石器があるのか怖くて聞けぬ・・・

例のあれです竹中道具館の。


ヤリガンナの古墳時代から弥生時代から平安時代と移り変わって行った形



切出しは昭和56年ごろの作品です。
地金を10年近く埋めてさび肌を作った後に作品作りに入るという
国宝クラスの逸品。
さびすぎると貴重な鉄がパァ!!!ギャンブル大先生です。電柱のそばはよくさびるそうな!
薬品とか、ずるではだめです。
けれども、うめた場所をよくお忘れになって、悔しい思いはよくしたと聞きます。
ひとまわりの時をかけて+錆錆ギャンブルを経て手に入る地金での作品作りに挑むということで、想像を絶するもので、作品のスケールからして違います。


ナイフは昭和50年ごろアメリカのナイフショーに出品したごろの作品です。



ヤリガンナは竹中大工道具館に納品したごろの作品で一般と首の所が段おちしていて今の作品と若干違います。
http://www.330mate.co.jp/PDF/参考文献や鍛造記録あります。ご自由にDLください。
あまりにも光を放つ作品が多くお目目が痛いでしょうから、最後に緑でも眺めて目の保養でもどうぞ。

五葉松・こけもじゃ・四葉クローバー固め夜は葉を閉じます6ヶ月もの

しまざさコケもじゃ2年もの

どういうわけかしのぶが腐らず可能。8ヶ月ものあ