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2011年11月22日 Category : 砥石

 どうもブログかくきが失せてすみません。
長らく放置でしたが、最近右京区梅ヶ畑奥殿町にて地勢の変化がございまして、これからがっつりがんばらせていただきますご報告です。
丑の助様代のころ高雄小学校の校庭を造成する際に巣板を重機露天で大取りしたというお話は、奥殿好きの方ならご存知であるかと思います。
現在の校庭のあるところは谷あいで、そこに挽き場も建てて、手挽きで加工なさっていたのです。
震災があったことが起点で、過去と同じく人工的な地勢変化がありまして現在獲れます!
丑の助さま代の挽き落ちも多数見出されます。
多くの仕事師が、ここから菖蒲谷長四郎や高山にかけて昼夜交代で獲ったころもありまして、仕事師の仕分けが非常にざっくりですから、現在面白い思い出がみれるわけです。
親方直轄山と仕事師お任せ山の仕事の差の大きいこと!
さて、丑の助様は、我が親方のパパの弟にあたり、昭和の後半没です。パパのパパは昭和13-15年没であったと思います。
我が採取地の主は奥殿も向ノ地も丑の助様の孫代にあたり、それぞれ異なる職についており、ヤングなときにおてったいしたくらいしか覚えがない為、情報の核心は親方か丑の助様の息子代の方にしか知りえません。
残念なことに丑の助様の息子代の方は三年前に没し、ホントに詳しく奥殿から菖蒲長四郎や高山を知る方はもう世にはいらっしゃいません。
我が親方は奥殿と大突のあいの白砥・菖蒲宗五郎・巣板口・尾崎・近世中山(南東端)・鳴滝などより東を攻め、近世中山終盤職長職や尾崎を獲った親方の親戚 の方も没しており、奥殿はやや手薄となりますので、このたびの動きというのは、非常に砥石歴史学上外せぬ大事件とおもってます。

実は、発見のきっかけとなるは、今年より竹中大工道具館の技術員北村様が未来に砥石展の下準備にいろいろ情報が入用なので、何度もこんな偏狭まで神戸からおこしいただいております。
私の知る限りのことや、道具や面白標本のご提供などさせていただいております。
モチロン、展示用の刃物の磨くのもうちの砥石採用いただいております。
梅ヶ畑は名もない穴だらけで、時間のあるときに、いろいろなおやまにご案内するわけで、奥殿に行こう!のときに、タマゲタ地勢変化を発見してしまいました。
まさに道具館様さまなのです。人様には親切にせにゃぁいかんの他なりません。きっと。
しかも人工的な変化と、外材輸入に頼った結果松くいが高雄に上がってきて、枯死からおこる半ば自然変化のところもありで、さまざまセットになっております。
ご案内させていただきました日は、奥殿の谷底から山頂まで抜けて白砥の穴3個、そこから、西奥殿山に抜けて帰る道合に新たに林道切っていて、ゴミ捨て場がなぜかあるのですが、そこにも○○株があったりで案内のつもりが、私がひっくりかえりました。
下の画像が、お散歩しながら捲くった物で、40きりの無地のがついスペシャルは、奥殿山にて生きた株よりまくったもの。
本巣板巣なしの若い板でどうだ!です。一見ただの景色に見えるところを捲くって鍛えぬくと、とんでもないもをお迎えすることができるわけで、「まさかこん なとこからいきなりででてくるの??」と非常に驚いていらっしゃいました。墨流し紋すこしあって、性能異次元!お孫さまいわく丑の助様がもっとも御執心で 獲った品目だとか。 なるほどよくわかるスペシャル巣板でした。
左下は丑の助様代手挽き本巣板すなし総梨地。これも異次元というかこういうのが山城国巣板の真髄。
真ん中おにぎりは裏の肌に矢跡の大きく残るかわいい本巣板。原石姿では、縄様にあれた肌があり傷だらけスカポンに見えますが、鍛えるとハイこのとおり化けます。
右下は白砥巣板。梨地で炎を描き紫がかる虹様の模様は白砥の典型。
あとはだいたい奥殿!白巣板はかたい!



見えにくいですが梨地かたまり
どの石を研いでもため息しかでなかった二人なのでした。



後日、奥殿製造中
方形の原石は例の若い本巣板
何気に囲炉裏のかこいもだめ砥石だったります。よく働かなくって鮎やいてます。


道具館の北村様は、じつはあの鵤工舎の小川三夫様の一番弟子として名高い大工様で、本の中に登場なさるかのお方ですね。
わたしが大工のときに鵤工舎様の横浜の現場を応援をさせていただく機会がございまして、お弟子さんたちのまじめさはうわさとおりで、我が親方に「おまえら は彼らに目を合わせることも、ましてや口を聞くことなんか絶対いけねぇよ。てめえの馬鹿がうつったら、たいへんなことになっちまうからよぉ~~。首を飛ば すだけじゃすまねぇよぉ~。」と言われちゃって「ぼくたちバイキン大工!」と思い知らされた記憶と恐怖が退きません。
幸い、大きいお寺だったので言いつけを守ることかできました!長い工期がつらかった!
そんな環境で育ちましたので、まっさか本の登場人物たる方と藪コギしたり石拾いしたり魚を齧ったりすろことが、平静を装うもののいまだにどうしてもご法度に思えてなりません。
かなり、わたし歪んでます。
名前が同じ読みであったり何かしらご縁は感じますものの、いろいろな土地に出張し、高雄に流れ着いたことで親方に拾いモンしていただき、今まで「避けてと おらにゃいかん」と調教されてきたお方とひざを突き合わせる機会に恵まれると言うは、実に考えもしないラッキーというか人生ってのはおもしろいと思うこの ごろです。
ということで、ありがたい思いは休みなしでおしごとさせていただくということで替えさせていただきます!
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スレッドテーマ:文明・文化&思想:学問・文化・芸術

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