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2008年02月04日 Category : 砥石

去年の桜咲くころより作れ作れといわれ続けた標本です。
こいつの為だけに新しく作った昇降盤で早速標本作ってみました!概ね45x60mmの赤ちゃん砥石です。
プロトタイプは、アクリル板はめて張り切っていたのですが、石油が高騰のためメゲマシタ。
いろいろ、聞いて回ってくださった方々には、御礼申し上げます。

上左から西奥殿山巣板、東奥殿山戸前、菖蒲蓮華、勘敷山鏨で開けたかす、尾根東大平山青蓮華煙硝敷き巣板。五の四で梅ヶ畑の砥石です。
下は全員伊予砥で、左から上尾、砥石谷、上尾北、上尾、蟻の木

上に木の帯があるのは、お名前とか思い出を書き込む欄です。
もちょっと長く取ってあげても良いかもしれません。
しかし、挽くのがめっちゃキケンです~。
思いのほかお手間も食って、嬉しくありません。
二四型や大判を挽くほうがよっぽど気持ちいいものです。
尾根東大平の石原さんや、丸尾山の土橋さんに、標本用こっぱちゃんを頂いて、ちゃんと挽いて箱に入れて返すと言い切った以上、大平シリーズと丸ちゃんシリーズを組まなくては!
毎日内職的石挽きの日々が待つことになりそうです。
砥石を愛でる日本国民の皆様なら、どんなセットをぶっちゃけおいくらくらいでしたら欲しいと思うのでしょうか??教えてください。
取り敢えず、十数セットはお世話になっている山主様や鍛冶屋さん、問屋さん、金物屋さん用に用意します。
ためしとぎ用のテストピースになればと願ってますが、ちっこ過ぎます・・・
全て、お山の原石から摘んで誂えましたので、流行の産地偽装問題に関しましては懸念なきものかと思います。
多くの方の目にいかに留まるようにして、関心を抱いていただくためのことを思うと、女子うけするかわいらしさも、まぁ良い物で後のことを考えると、お手間も辛抱すべきかもしれません。
よろしくお願いします。
 

 

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コメント

●お好みチョイス
なかおか様

ご無沙汰しております。
むじな男です。

似たような感じのセットを、2年程前に、京都五条の砥石屋通りで見かけた事があります。

人造砥の製造も手掛けておられる砥石屋さんのご高齢の親父さんが、ほとんど趣味で作っているとのことで、砥石小売店・刃物屋さん・工務店事務所・各種工芸関係の展示会館などから、ポチポチ注文があるみたいでした。

壁額仕立て中仕切りつきの檜箱に、10×5×1cmサイズの石が24枚入った物で、展示処分品でしたが、親父さんに価格を訊いたら、ちょっと考えて「箱を新品にして65000円でいいや」とのお答え。高いのか安いのか良く分らないまま買わずに帰ってきました。

写真をチェックすると、新田・菖蒲・中山・大突・大平・日照・芦谷・愛宕・相岩谷・はっか・三河・天草・青砥・大村・対馬などの石が、役板を交えながら層別にコレクトしてあって、なかなか壮観です。
我が家で飾るにはちょっとデカすぎてNGですが・・・。

誰がどこに飾るかという事を考えると、なるべくなら、注文者が欲しい石を欲しい枚数チョイスできる形式が良いように思います。
2寸×1寸5分くらいの石なら、山にもよりますが1枚1500円前後でしょうか・・・?(箱は、サイズに応じて実費+手間賃ということで。)

確かにこういう標本が人目につく場所に置かれたら、石に感心を持つ人がまた増えるかもしれませんね。
小さな刃物をちょっと試し研ぎできるくらいのサイズだと、なにかと業者受けしそうです。


**先日注文した品物、本日1・2便同着で届きました!。
菖蒲朱蓮華と大平青蓮華は、観賞用としても見飽きない美しさです。
砥の粉、いろいろ重宝します。
金物マガジン、じっくり読ませてもらいます。

またよろしくお願いします。
●なんと持ってます!
関東むじな男さま
なかおかです
ありがとうございます。
実は、おそらくご当人様とはおやまで良くお会いする方で、その方の誂えになったふるーい額縁入りの標本持ってます。
お手間がタマランのと挽く様ないしがなくなったということで、もう作らぬとおっしゃっておりましたので、なんとかならんかという話を、標本が好きな方からリクエストいただいて、ちょっとがんばってみました。
ほしい石数枚Choiceという話であれば、、、当然中山ばっかりになってしまうでしょう~
標本価値があるいしは、私なら皮けつつきでなければ、興ざめしてしまうでしょうし、色々こだわれば、頭が痛いです。
この箱はアクリル板の供給事情に合わせ、A4の規格に合わせたものです。
しかし、石油の高騰で、板もままならない無念な状況です。
伊予砥の種類が色々ありすぎるので、これを活用しようかなと思うところです。
なかおか
●お好みチョイスPartⅡ
なかおか様

おつかれさまです。
むじな男です。

その後、自分なりにお好みチョイスした標本の顔ぶれを、ちょっと妄想してみました。

*中山・・・カラス・浅黄・黒梨付き雪浅黄・黄板梨地・鯰・環巻
*奥殿・・・オレンジ系の梨付き巣板・紅黄葉・黒浅黄
*大突・・・畳敷き・緑カラス
*菖蒲・・・蓮華・いきむらさき
*大平・・・黒蓮華・羽二重・内曇
*水木原・・・霞砥・緑鯰
*奥の門・・・白巣板
*高島・・・鯰入り天上巣板・カラス・黄金色敷巣板・赤ピン
*新田・・・伊予・・・・う~む、いけません!! めちゃくちゃ物欲湧いてきました!!! この辺で止めておいた方がよさそうです。横でカミサンが怖い目つきで睨んでます。

東京の伝統工芸会館とかに、こんな標本が展示してあったら、石好きな職人さんは、みんなヨダレを垂らしすぎて脱水症になるに違いありません。

ところで、このあいだ送って下さった砥の粉、たいした優れものですね! 
巣板の粉末でしょうか?
あの粉を使って、金盤や超硬系の石で裏を押すと、研ぎ掛りがものすごく良いです。
#240の篩いを掛けると、漆芸の蒔き地下地用にも使えそうです。

これからも良い物があったら、どんどん教えて下さい。
ありがとうございました!!

●粉はナント伊予デス
関東むじな男様
お疲れ様です
中岡です。
粉は、色合いから巣板ちゃんかと思いがちですが、伊予を挽いたときの粉を取っておいたものです。
おっしゃるとおり金盤で使うとメチャンコおりますよね。
そのまま砕け散ってゆき、鏡面押しまでそのままでつかえるので、嬉しい発見でした!
金盤セットに登場させようかなと思ってます。
砕け散りやすいというのがミソのようです。
シコタマとってありますのでまた入用の際にはおっしゃってください。私は粉の管理すら面倒なんで、そもそも伊予のコメドを作ったカスを金盤で使ってます。
漆芸の盛んな里や世界の漆好きな方には伊予砥六等星とかJapanner's finger stoneと名づけて、切ったかすの薄い薄い指先くらいの木っ端ちゃんを土嚢袋に山盛りにして、使っていただいてます。
漆芸には、薄くて指先サイズがいいみたいです。
伊予を挽けば手もとにはまったく残らないかわいい原石です。

標本なんですが・・・勘敷山のあけたかすのからすとか、蓮華もそうは多くないもので、量産するには、役物を如何に確保するか?というところで悩みます。
一方、内曇系統のofferが活発になってきており、大平の刃艶はもとより、刃艶や地艶となると梅ヶ畑のいろいろな硬・中・軟と各硬度で使えるものがいろいろあるみたいです。
このあたりになると難しくてわかんないので標本を作ってみようかなとも思います。
結構地味な色合いになって、見た目的にはがっくりです。
ちなみに霞砥は水木原ではありません。
よろしくお願いします
●えーっ、伊予なんですか!?
なかおか様

こんにちは。
むじな男です。

まさか、伊予とは思いませんでした! 
でも、あのどんどん細かく砕けてゆく番手粒度の懐の深さを考えると・・・なるほど、です。いや~、砥石はほんっと奥が深いですね。たいへん良い勉強になります。石を最後まで無駄なく使おうとされる中岡さんのお気持ちにも感服しました。

漆芸家用のfinger stoneも使いやすそうですね。中研ぎ・仕上げ研ぎで朴炭や桐炭をそのくらいの大きさに切って使う事がよくありますが、下地研ぎ用の石はも少し大き目の跳び箱型に調整して使う事が多いです。手持ちの伊予を調整して、薄い木っ端ちゃん、試してみたいと思います。

日本刀・・・私もさっぱりですが、10年くらい前に一度だけ御刀研ぎの専門家から研磨工程の簡単なレクチャーを受けた事があり、順を追って使用する砥石の種類の多さに圧倒された憶えがあります。その時も
「良い天然がなくなってきて、人造を代用する人も多くなった」
と、研ぎ師の方が嘆いておられました。仕上げで梅が畑系の石(やはり上層部の巣板でしょうか?)が使えるとなると、今後また急速に需要がふえるかもしれませんね。実用本位の標本はその時すごい威力を発揮しそうです。

最近、手持ちのちっこい橙縞細名倉と内曇(刃砥)で炭素鋼の彫刻鑿を研いで仕事をする事があります。腕のせいで艶切れはイマイチですが、手早く研げるし、刃持ちも良く、ギラつかないので目が疲れません。気のせいか、なんとしな調子良いみたいです。

霞砥、ぶざまな了見違いで申し訳ありませんでした。出来ましたら後学のために正しい産地を教えて頂けませんでしょうか?

宜しくお願いします。
●中砥は~地獄らしいと・・
関東むじな男様
おくれましてもうしわけありません。

そういえば、砥石に懲りだすと、しまいには「中砥地獄に落ちて諸国行脚に繰り出すのよぉね。」と、何人かの方が異口同音にしておっしゃっていたのです。

おっしゃることがあまり理解できなかったのですが、とある学術論文で、日本の砥石の産地の詳しい所在と年表を織り込んだものがありまして、それを見ると、日本全国各都道府県!南は沖縄、北は蝦夷地までとほぼ確実にいたるところに産していたのです。
今や、見たり触ったりすることさえ許されない砥石がほとんどですが、ある意味想像ムラムラで、おかしな名前の石も有りの、これは見ていて飽きません。
伊予のように古いものから、中世より明治期まで採取されていたものも多くあります。

今のようになんでも紙切れを貼り付ければ翌日に届くような便利な世ではありませんし、その反面、砥石の需要たるは天然砥石しかその選択肢は許されず、更に日々の生活の中で、刃物を研磨しなければならない状況が多くあったであろうことは、容易に想像できるかと思います。
このような時代背景を想うと、とっても重たいし割れてしまうかもしれないと、ドキドキしながら
運んで、皆が使えるような数を賄う事は現実的ではなく、近所の山からもぎ取って間に合わせるといった考え方になってしまうだろうと思うのです。

 そんなこんなをいろいろ考えながら、若狭とか群馬とかいろいろなところの原石を頂いて、これ等より砥石をお迎えするのが、仕上砥石とは違った面白さがあると思います。

火山列島であるが故に日本島全体が凝灰岩系中砥石であるといっても過言ではなかろうかと思います。
重ねて、ハワ~イの辺りから日本に向かって突き刺さる太平洋プレートは2億年以上かけて、小さな生き物のの死骸から出来たと言われる、京都に産す粘板岩系仕上げ砥石を育んだものだといわれてます。
日本は資源に枯渇した極東の島国で、食料自給率さえも危ういですが、天然砥石だけは、バリバリですね!
人を惑わせる凝灰岩と粘板岩で埋め尽くされています。
世界で他に例を見ないか、文化的背景によって未だ発見されていないかは解りませんが、砥石が好きな方にとっては、パラダイスで稀有な島ではなかろうかと思います。
日本は永い歴史を我が国独自の製鉄法と最後に際立つにたましひと美しさを注ぎ込む事の出来る砥石と共に紡ぎあげてきたことは、間違いない事実であり、後の世もいつの世も世界に誇る唯一無二の砥石を産すことが出来ますよと宣言出来ればいいなと思います。

 兎にも角にも、今回のように最近いろいいろ考えたり、砥石が忘れられそうになったり、良い天然砥石がなくなってきたと諦められているお声はよくお伺いします。
そのようなことを目の当たりにし、考えたり出来る機会は中砥なしでは、成し得なかったことでしょうし、何より産す地域の歴史文化を映すザラザラした鏡かも知れないということで、面白いです。

中砥地獄はちょっとてごわそうですね!
なかおか
●地獄で仏に出会えるかも・・・
なかおか様

おつかれさまです。
むじな男です。

このたびのなかおか様のコメント、歴史的なロマンを強く感じます。
じつは私も、全国の絶滅種・絶滅危惧種の砥石達に興味深々で、一度見てみたい、研いで見たいと思う石がいくつかあります。

「越前常慶寺砥」、「群馬の砥沢砥」(これらは粒度から察して、もはや中砥じゃないのかもしれませんが)、同じく群馬の「砥沢今戸山の赤縞虎砥」、「瓢箪砥」などなどですが・・・・・。

おっしゃるとおり、日本はほんとに凝灰岩系中砥石のカタマリみたいな国ですよね!

前に何かの本で読んだのですが、地名に「砥(戸)」「礪」の字のつく場所は、砥石関連の事跡が多く、大きな都や城・社寺仏閣の近辺にはかなりの頻度でそういう地名が分布してるのだそうです。ひょっとすると、手ごろな砥石が採れる採石場の付近をわざわざ計画的に選んで、でっかい建造物を造営していたのかも・・・・・とさえ思えます。

そう言えば、鎌倉にも、鶴岡八幡宮の東方に「青砥橋」というバス停があり、昔はそこで使える青砥が採れたという話をきいたことがあります。

江戸よりもう少し昔のちょんまげの時代には、いまどきの本山レベルの超仕上げ砥は本当に希少な高級品で、ほとんどの下位職人は#2000~3000番くらいの土地々々の調子の良い中砥で普段仕事をしていたのではないかと想像します。

たぶん戦乱の世においても、日本刀を悠長にに仕上げ砥までかけて研ぎ上げることはきわめて稀で、やはり戦場での主力は、手早く研げて永切れしてギラつかない(泥化粧しやすく敵に見つかりにくい)、研磨力絶大の中砥達だったのではないかと思います。

こうして考えると、私たちの遠い御先祖様達の活躍した時代の日本は、ほんとうに中砥大明神様々の刃物パラダイスだったと思います。

しかも、その「中砥」という大括弧のなかには、三河みたいな、仕上げ砥として十分通用しそうな、細かくサクサクおろす優れものもまざっていて、全く気が抜けません。。。。。なかおか様が地獄の諸国行脚を敢行して、この手の目の詰んだ凝灰君をつぶさに探査発掘なされば。。。。。まじで、地獄で仏(刀剣用三河細名倉に匹敵するような秘仏!!)に出会っちゃうことも、おおいにありうると思うのですが。。。。。。

【。。。。。勝手ながら、ここから先のコメントは、『伊予の蟻の木そっくりの関東の凝灰岩はすごいかも』のコーナーにジャンプさせていただきます。】











●地名
関東むじな男様
なかおかです。
おっしゃるとおり。
関東に青砥駅という駅あったような??
信玄の国で確か砥石城という城もありましたよね?
砥部は砥石取りの部落という意味合いで、砥部といわれるようになったとも聞きます。
梅ヶ畑の砥石山は幕領や寺領でした。
北中山の猪尻山と周山街道挟み東へ少し飛んだ仁和寺の北に当たる原谷の砥石山は思いっきり寺領でした。
無論、経済的要所であったことであっと思われ、当然建物もよい物が建ったと思われます。
とにかくもう少し温くなれば!!

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