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2007年10月09日 Category : 野鍛冶様

 

大阪から未明の晩のうちに走って、朝早く伊予の標高460mのお山に上がって、原石取りです。
山主様より、伊予砥採取・発売元としてがんばれとお言葉頂き、見の引き締まる想いです、原石もまた嫌がらせのように大きく重いです。
Iyostyle_hammer1.jpg image by mifuqwaiIyostyle_hammer3.jpg image by mifuqwai
Iyostyle_hammer2.jpg image by mifuqwaiIyostyle_hammer4.jpg image by mifuqwai
rail1.jpg image by mifuqwai
ところ変われば、道具も変わります。
これらは伊予式のハツリ飛ばす槌。レールと一緒にうつっているのが、今風の京都の槌。
伊予式は、大まかに平面をとるとき、原石を立てて使うと使いよさそうです。
先端に超硬チップ貼る事ができれば、便利だと思います。


Iyo_chujyousetsuri2.jpg image by mifuqwaiIyo_chujyousetsuri1.jpg image by mifuqwai
今回はここの上と下のところから主に採取しました。やっぱり原石は柱状節理によってサイコロですので、割るのが大変です。
山肌の上のところにもサイコロが詰まっているのが確認できると思います。
しばしばサイコロが抜け落ちて、一気に転がってくる事もあって危ないです。


 
採取も終わってヘロヘロになって山からくだっていくと、海沿いの川の傍に白鷹先生の鍛冶場があり、播州常三郎さんからのレール等お届けに伺いました。丁度、槍鉋を打っていらっしゃいました。
「明治の日本では、こんなレール一本も作る事ができなんだという証拠ぞ!!」と、とても喜んでいただけましたが、私にこの喜びが分かるようになるまでには、まだまだお勉強が足りません。


Shirataka_steels.jpg image by mifuqwai
常三郎さんへのお土産として頂いたものが、なんと炭素鋼1977年製スウェーデン サンドビック C1.25wt%が、5寸巾で2分厚くらいで尺長さが一枚。同じく二尺五寸が一枚。
これは、剃刀や玉鋼で有名な新潟の岩崎さんと費用を出し合って共同購入したものですで、知る人ぞ知るウルトラ切れ味の幻の鋼。
更に、炭素鋼 オーストリア ボーラー 2005年製 C1.20wt% 一寸五分X二分X四尺くらい
も託されました。
上二本は、碓氷さんのところで頂いた錬鉄だそうです。
何度、屁かまして横流ししようかと考えた事やら。。。
もう私の手元には一片の鋼もありませんので、知りません。
鉋は来年出来そうです。
サンドビックで刃物が欲しい場合常三郎さんにお願いしてみてください。
例の鋼展示コーナーの巾も広がりそうです。


Nakaoka_yarikanna1.jpg image by mifuqwaiNakaoka_yarikanna3.jpg image by mifuqwai
Nakaoka_yarikanna2.jpg image by mifuqwaiPhoto_by_shirataka.jpg image by mifuqwai先生撮影。
「この二本打って見なさい!」と私に打たせていただいたもの。
今月は、鍛冶屋さん体験運が異常アリマス。これだけ運がいいと後が怖いです。
右が一個目左が二個目。
勿論鋼は、サンドビック(SANDVIC)
超罰当たりなことだとは自覚させていただいております。
ある職人さんが、「このまま経験を失う事無く生まれ変われるなら、鍛冶屋さんも一度はやってみたい。」とおっしゃていたことを思い出します。暑いけど面白いです!


Nakaoka_yarikanna4.jpg image by mifuqwai土佐鍛冶は金床とハンマーの口に相当手間と情熱を注ぎ込むとのこと。
私が両端ポコポコスプリングハンマーで叩いただけで、裏が出来てしまいます。
床と槌が素晴らしい物ですと、私のようなものが叩いても何故か巧くいきます。
裏隙の手間がなくなります。
白鷹先生は、西岡棟梁に背中を押され鍛冶になることを決意しました。そして、槌で叩いた息遣いがそのまま残るような仕上げの道具が好きと言われ、ただそれだけの理由で槌での打ちっぱなし火造りしっ放しのスタイルを今日まで貫いているとの事です。
土佐派鍛冶と呼ばれるのも「棟梁がそう呼んでいたし、人が勝手に呼びよるものでわしゃしらんわ。」という事らしいです。


yarikanna_hinagata.jpg image by mifuqwai西岡棟梁に頂いた雛型で穂の成形のラインを白線で描いています。
鋏できるか、レース台(グラインダ)で削ればよいという事です。
焼入れしない鋼は、鋏で切れてしまいます。
おうちで、「成形してまた持ってきなさい。今度は焼きいれる。」と、宿題を頂きました。
わくわくです。


shirataka_spring_hammer.jpg image by mifuqwai昭和の初めのスプリングハンマー


Shirataka_deba1.jpg image by mifuqwaiShirataka_deba5.jpg image by mifuqwai
Shirataka_deba4.jpg image by mifuqwaiShirataka_deba2.jpg image by mifuqwaiShirataka_deba3.jpg image by mifuqwai
以外に出刃も、やり鉋と全く同じ床と槌の組み合わせで、鍛造します。
釘は、全く違う組み合わせです。
土佐派の鍛冶は金床とスプリングハンマーにセットする槌の口をいくつも持っていて、その組み合わせでいろいろな仕事に対応していきます。
成形研磨の工程は、格段に減りますが、鍛造に望む際のこのような下準備に掛かる手間と知恵、独特な技術は多く要します。
出刃は、片刃刃物ですから裏がこごんでいます。裏隙研磨自体不要なのです。
成形研磨仕事ほぼ全くなしでこのような迫力ある作品作りが可能なのも、床と槌を巧く作りこんでいるからだと思います。
手間と知恵を掛けた道具の成す、脅威の生産性能率と美しさの両立は機械で成す事はむづかしいと思います。
ハンマーワークのみで仕上げる事が出来る鍛冶屋の財産は槌と床なのです。
 


nandaimon_Yarikanna3.jpg image by mifuqwainandaimon_Yarikanna1.jpg image by mifuqwainandaimon_Yarikanna2.jpg image by mifuqwai


押入れの中から、何故か槍鉋を出していただき・・・
この頃にはヘロヘロになって記憶も自信はないのですが、南大門を創建した時の槍鉋の模型が昭和の初めに、愛媛の菊間の瓦屋さんが誂えたもの。画像大きくして読んで下さい。
オリジナルは、お国のものだったと思います。
なんで、先生の押入れにあるのかは忘れてしまいました。
yakushiji_yarikanna3.jpg image by mifuqwaiyakushiji_yarikanna1.jpg image by mifuqwaiyakushiji_yarikanna2.jpg image by mifuqwai
これは薬師寺に大工が多く集まっていた頃にどんどん使われて、小さくなってしまった槍鉋。


この日のうちに、伊予を発ち大阪に向かいました。日帰りはキッツイですね。

 


 

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